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4.スカウティング・フォア・ボーイズを書き上げる。そして、晩年。

 1908年(明治41年)51歳、1月15日このキャンプで自信を得て「スカウテング・フォア・ボーイズ」の原稿を書き上げます。

スカウティング・フォア・ボーイズ 分冊第1冊を出版し、2週間毎に6冊を出版。

 B−Pのブランシー島での実験キャンプに見られるように、ボーイスカウトの魅力は、キャンプを中心としたウッドクラフト(森林生活法)であり、パトロールシステムとバッジシステムでした。スカウティング・フォア・ボーイズには以下のちかいとおきてが書かれています。

 ボーイスカウトの目的は・・・・「ちかい」と「おきて」にあります。

 スカウトのちかい( Scout Promise )

 私は私の名誉にかけて私の最善を尽くすことを誓います。

 1、神と国王に対する義務を果たします 2、常に他人を助けるます 3、スカウトのおきてを守ります

 スカウトのおきて(Scout Law )

 1、スカウトは 名誉を重んずる

 2、スカウトは 国王、上官、両親、国家、及び雇い主に対して忠実である

 3、スカウトの義務は 有用の人物になって他人を助けることである

 4、スカウトは 身分階級を問わず総ての人の友であり、他のスカウト総ての兄弟である

 5、スカウトは 礼儀正しい

 6、スカウトは 動物の友である

 7、スカウトは その両親、班長、または隊長の命令に絶対に服従する

 8、スカウトは どんな状況にあっても微笑み口笛を吹く

 9、スカウトは 勤勉である

 10、スカウトの思想、言語、行為は清らかである(1911年版へ加えられたもの)

 パトローリング・システム・・(日本では「班制度」と訳されています。)ボーイスカウトは6〜7人で構成されるパトロール(班)が基本活動の単位で、班長はスカウトの中から選ばれます。いくつかの班(通常四つ)が集まってトループ(隊)が作られます。トループのリーダーがスカウトマスター(隊長)で大人がなります。6〜8名の少年たちにパトロール(班)の運営を任せて大人のリーダーは側面から援助すると言う体制は当時の教育界にあっては革新的な出来事でした。

 少年たちにパトロールの運営を任せることの不安はむしろ大人側にあったと思われますが、実際のパトロールで活躍して行く少年たちは規律正しく且つ積極的に活動を展開していたのでした。ボーイスカウトの優れている特質は方法にあると言われる所以です。

 バッジ・システムは、スカウトの進歩や個人技能に対して与えられるバッジも少年たちを魅了した制度です。バッジ(記章)には、スカウト全般における進歩記章と個人の趣味や技能など特定の課目に対して与えられる記章の二種類があり、進歩記章はボーイスカウトであれば、初級スカウト、2級スカウト、1級スカウトの順で難易度が高くなるものでした。

 当時の技能章は「救護章、水泳章、野外料理章、結索章、通信章、キャンピング章、公民章、自然愛護章」などがあり、スカウトにとり自分が目指すべき目標が明確に示され、しかも修得した個々の技能が認知されることは、大変な喜びであり励みでもありました。

 アンノンスカウトのお話・・・シカゴの出版者であるウイリアム・ボイスが1909年(明治42年)に訪英した時、ロンドンで道に迷った。制服を着た少年に道を尋ねたところ、その少年はボイスを目当ての住所まで案内してくれた。ボイスはその少年にチップを差し出したところ、少年はボーイスカウトはお金を受け取らないと告げ名も名乗らず去っていきました。ボイスはこの少年が言った「ボーイスカウト」と言う言葉に興味を持ちボーイスカウトの本やバッジ、それに制服の見本を持ち帰ります。これが機縁になり、アメリカにボーイスカウトアメリカ連盟(BSA)が出来ました。

 さて、スカウト運動は、現在のスカウト隊員は小学生が多いのですが、当初のスカウト運動の対象は11歳から16歳の少年が想定されていました。したがって「子供」と言うよりは子供から大人への過渡期である思春期の少年たちがメンバーであり、少年運動と言うよりは青年運動に近いものでした。

 当初からお兄さんの制服に憧れてボーイスカウト入りを志願する年少の子供たちが後を絶たなかったので、1916年(大正5年)「ウルフカブス・ハンドブック」が発行され、8歳から11歳までは「ウルフカブ(狼の子)」ないし「カブ」と呼ばれるものが出来上がった。カブのハンドブックは、B−Pと同じ世代のインド生まれのノーベル賞作家、ラヤード・キプリング『ジャングル・ブック』から多くのヒントを得て作られた。『ジャングル・ブック』は狼の世界で育った人間の子「モーグリ」が活躍する物語でアケーラ(狼の頭領)が隊長になっている。

 1920年(大正9年)ロンドン・オリンピアで、第一回国際ジャンボリーが始まる。「ジャンボリー」の意味は、米語の俗語で「宴会・酒宴・お祭り騒ぎ」。このときB−Pは世界ボーイスカウトのチーフスカウト(総長)に就任しました。(第3回より世界ジャンボリーに名称変更しています)

 1937年(昭和12年)8月9日、オランダのハーグで開催された第5回世界ジャンボリーにおいて、B−Pは2万7千人のスカウトの前でスピーチを行っています。

 「スカウトの兄弟たちよ、今諸君にさよならを言う時が来た。・・・私たちが諸君に会うのはこれが最後であろう。私は81歳であり人生の最期に近づいている。・・・諸君は人生のはじめである。・・・しかしわたしたちはこのことを悲しむ必要はない、むしろ逆である。・・・・・諸君らの幸福な人生を祈るものである・・・グッドバイ、ゴッド・プレス・ユー」

 その後1939年(昭和14年)ノーベル平和賞に決定していたが、第二次世界大戦により取りやめになり、1941年(昭和16年)1月8日、B−Pはオレーブに看取られて息をひきとりました。83年の生涯でした。B−Pは遺言どおりケニア山の麓へ埋葬されました。

B−Pの墓

 現在では各国各地域で2月22日に毎年、B−P祭と称し、彼の誕生を祝っております。

 



1.生い立ちから軍隊生活へ入るまで。

2.南アフリカマフェキングの英雄凱旋・・・ズールー族との出会い。(1888〜90年)

3.ブランシー島実験キャンプ・・・スカウティングの方法を試す。(1907年)

4.スカウティング・フォア・ボーイズを書き上げる。そして、晩年。(1908〜41年)

5.B−P(ベーデン・パウエル)の言葉


(参考文献:ボーイスカウト(中公新書)・スカウティング フォア ボーイズ 田中治彦著)




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