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3.ブランシー島実験キャンプ・・・スカウティングの方法を試す。

 動物記で有名なシートン(1860〜1946)の提唱したウッドクラフト(森林生活法)はインディアンの儀式を取り入れたもので野外活動をゲーム化、キャンプクラフトなどの技術に対して賞を与えるものでしたが、これらのプログラムは子供達の将来にとって実益と考えておらず、道徳教育の要素も少なく、集団編成についても厳密ではありませんでした。

 何よりも制服はなく、素朴な生活と自然への畏敬とクラフト活動の楽しさを重視したものでした。 B−Pはこのウッドクラフト(森林生活法)から少年たちが、特定の技能を修得すると指導者からバッジ(賞)が与えられるバッジ・システムや、各パトロール(班)に動物の名前を付けることを始めとし各種のゲームやキャンプクラフトをシートンの著作から学びます。

 1907年(明治40年)50歳、7月29日〜8月9日にブラウンシー島実験キャンプが行われました。このキャンプの目的は中産階級と労働者階級の格差を解消することにありました。中産階級の子弟としてイートン、ハーロウなどのパブリックスクールの少年の11名と、ボーマンスとプール地域から労働者階級の子供たち9名が招かれています。スカウティングの方法を試すだけだなく中産階級と労働者階級の子供が一緒に活動すると言う意味でも「実験キャンプ」でした。

 この画期的なキャンプに参加する少年の親達にB−Pは懇切な手紙を送ります。このキャンプの目的、理想、実施方法、用具などについて詳細に記したもので、食事その他の衛生には十分に気を付けるように書き添えてありました。さらに子供たちには半ズボンを持ってくることと、本結び、ひとえつぎ、巻き結びの縄結びを(丁寧な説明図まで付けて)あらかじめ練習してくることを要求しました。

ロープを調べる B−P(ブランシー島にて)

 7月29日、いよいよB−Pはブランシー島に渡ります。少年たちは5名ずつ、雄牛、シギ、カラス、おおかみの4班に分けられ、それぞれの班の印として、肩に緑、黄、赤、青、の紐飾りを付けました。帽子には後のスカウトバッジになる百合の花のバッジをつけました。

 上着は自由で半ズボンを履き、胸にはかってインドの軍隊で使ったのと同じ金属製のスカウト章をつけました。B−P自身はアフリカで着たフランネルのシャツにネクタイを締め膝の下まである長めの半ズボンをはき、ハットではなくスカウト章を付けたソフト帽をかぶり、肩には大きな白い紐飾りをつけていました。キャンプサイトは、陶器工場跡地で雑草の茂みのなかに黄色い花が美しく咲いている場所で、工場の廃屋は食料倉庫として使い、近くの針葉樹からは燃料の薪を得ました。海岸には泳ぐのによい美しい砂浜がありました。

ブランシー島風景 ブランシー島のキャンプ地 (by B−P)

 サイトの中央には,食堂兼集会室としてマーキーが立てられ、高いポールには国旗ユニオンジャックが翻っていました。少年たちは班ごとに離れ離れに張られたベル型テントに寝て、大人は一人ずつ別々にテントを張りました。B−Pのテントの前にはマフェキングで使った旗が掲げてありました。

 朝6時にB−Pはシマカモシカの角笛を吹いて起床時間を知らせました。少年たちは、起床後急いで洗面し、暖かいココアを飲み、前夜のキャンプファイヤーの時に示唆されたその日のテーマの簡単な説明を受け、軽い体操後、国旗掲揚し、祈りの後、朝食をとります。

 スカウト活動は、沿岸警備隊将校の指導で縄結び、救急法、人工呼吸、消火法などを学び、海上では鯨捕りゲームなども行いました。活動はだんだんと難しくして、そのどれかで進歩を示した者は胸のスカウト章の下に「そなえよつねに」と書いた巻物の形をしたバッジを付ける事を出来るようにしました。

 午前の活動が終わると昼食をとり1時間の休憩をし、午後、テーマのゲームを終えた後の時間は軽いゲームで過ごし、8時に身体を清潔にし、服装を整えて夕食につき、夕食後1時間のキャンプファイヤーが行われました。

 この時B−Pは自分の体験した興味深い話をして翌日のテーマを示唆するのでした。

 同行したエベリットはキャンプファヤーのB−Pについてこう語っています。

 「彼が、焚き火の光の明滅する中に立った面影は今も眼に見えるようである。その生命の喜びに満ちたはつらつとした姿が、あるときは重々しくあるときは陽気にあらゆる質問に答えながら、鳥の鳴き声を真似たり野獣の追跡の仕方を教えたり突然小話をいれたり、焚き火を回りながら踊ったりした。道徳を言葉で教えることはせず、それとは一見関係がないような話をしながら、聞いている大人も子供も何時の間にか彼の意図するところに巧みに従わせてしまった」

 夜の活動として見張り線を突破させないようにするため見張り番を置かせました。見張り番は各班交替で行い、当番班はメリケン粉、ジャガイモ、肉、お茶などを用意し定められた場所へ行き、夜食を用意し見張りを立てて仮眠に就き、密かに見張り線を突破しょうとしたB−Pや、散歩に出たファン・ラールテ家の客などが見張りに捕らえられました。B−Pは夜の活動をさせることは少年達によい勉強になると考えたのです。

 8月8日キャンプ最後の日、少年たちの親、ファン・ラールテ家に人々、その他の関係の人たちを招き色々なゲームや救急法、消火、マット編み、柔術などのスカウト活動を実演して見せました。最後に鳥班対獣班による綱引きを行い、お別れのキャンプファイヤーではB−Pの話を聞きみんなで「エンゴンヤーマ」を歌いました。

 このキャンプは大成功でした。5人ずつの小さな班を作らせ、班長にはキャンプ場でも野外でも、いつも班行動に全責任を待たせ班長には自分の名誉にかけて班長の命令に従うようにしたことが成功の鍵でした。

 



1.生い立ちから軍隊生活へ入るまで。

2.南アフリカマフェキングの英雄凱旋・・・ズールー族との出会い。(1888〜90年)

3.ブランシー島実験キャンプ・・・スカウティングの方法を試す。(1907年)

4.スカウティング・フォア・ボーイズを書き上げる。そして、晩年。(1908〜41年)

5.B−P(ベーデン・パウエル)の言葉


(参考文献:ボーイスカウト(中公新書)・スカウティング フォア ボーイズ 田中治彦著)




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